ステップファミリー実話

子連れ再婚家庭の娘が継母の告白に号泣【ステップファミリー実話】

てぃーこ

連れ子の立場って繊細だよね

えむ

特に腹違いの弟妹が生まれた時だよね。今回は孤独だった連れ子のOちゃんが継母との思い出を語ってくれたよ。

はじめましての方、こんにちは。最愛シンパパと恋愛中のえむと申します。プロフィールはこちら

【かんたん図解】家族構成

ステップファミリー家族構成(Oさんの場合)
  • 実父 47歳
  • 継母 35歳
  • 長女(私)9歳:Oちゃん
  • 実母(別居親) 42歳

【ステップファミリー実話】子連れ再婚家庭の娘が継母の告白に号泣

両親が離婚したのは私が小学校に入る前でした。私は父と暮らすことになり、父が再婚したのは私が小学校低学年の時でした。

父は小さな建設会社を経営しており、継母となったのは、父の会社の事務員をしている女性でした。父とは一回りも年が違い、また、実母より10歳も若かったです。

当時子供である自分の耳に直接入ることはありませんでしたが、田舎で付き合いも密な地域でしたので、近所の人に家族構成やその経緯について陰で色々と言われていたであろうことは想像に難くありません。

継母との生活

スーパーマーケットで食材を選ぶ母親

再婚後、継母と一緒に暮らすようになり、それまで食事は父が作っていましたが、継母の役割となりました。

たまに買い物に行く日は、夕飯に何が食べたいかと私に尋ねてくることがあり、幼心に私のために夕飯を作ってくれるのかと嬉しかったことを覚えています。

しかし、継母が来たことで実母への想いも更に強くなりました。

「お母さん」とは呼べず、「〇〇さん」と名前で呼んでいました。父には「お母さん」と呼びなさいと度々叱られましたが、継母はまぁまぁと父をなだめ、なかなかお母さんと呼べない私の心中を察してか味方になってくれていました。

今継母の気持ちを思うと申し訳なく思います。

腹違いの弟(セメントベビー)の誕生での葛藤

目をつぶったままあくびをする新生児の写真

数年後、私が小学生高学年の頃、弟が生まれました。

ここから少しずつ自分の居場所がないというか、自分の存在について自信がなくなっていきました。

実母に置いて行かれた私。
継母と父の間に生まれた男の子。

自分は何なんだろうとずっと考えていました。

正直に言うと、実母と一緒に居たかったし、実母に置いて行かれた事は身をえぐられるような痛みと悲しみでした。

弟が生まれた以上私にはこの家にとっている意味がないのではないか…と考えるようになったのです。

学校の帰り道、家に近づくにつれてなんだか気が重くなったのを覚えています。

てぃーこ

つらかったね…

継母もステップファミリーで育った人だったと知る

ある日、そんな私の気持ちを察してか、下校後の夕方、まだ父が帰宅していない時継母に呼び出され二人で話をしました。

腹違いの弟はよちよち歩きのまだ言葉が分からないくらいだったと思います。隣の部屋で静かにおもちゃで遊んでいました。

継母はとうとうと語り始めました。

仲良く顔を近づけて会話をする母と娘

私とは血は繋がっていないけれど本当の子供のように思っているということ。

弟と同じくらい大切で大好きだということ。

継母自身も血のつながらない母親に育てられ私と同じ境遇だということ。

そして気持ちが痛いほど分かるよ、ということ。

その話を継母はやさしく穏やかに、子供の私にも分かる平易な言葉で聞かせてくれました。

「大切だ好きだ」と言われている時は、そんなのどうせ嘘だという気持ちがありましたが、継母と私の境遇が同じであり、「気持ちが分かるよ」と言われた時は、初めて家の中に仲間ができたような気がして号泣してしまいました。

継母も目に涙をためていました。

えむ

継母も当時の自分の気持ちを思い出したのかもしれないね

居場所を示すことで、継母と継子の距離が近づいた

継母がそんな告白をしてくれてからは、私たちの心の距離が少し縮まったような気がします。

継子の家事手伝いに大げさに喜び感謝した継母

畳んだ服

会社の事務や家の家事、弟の世話にと毎日忙しい継母の手伝いを、私は少しずつするようになりました。

その度に「助かるわ、ありがとう」と言われ、この家にいてもいい存在なのかなと自信を持てるようになりました。

振り返ると、継母は感謝を大袈裟に表現していました。それも、面と向かって言うのではなく独り言のように言っていたのが印象的です。

ある日、取り込んだ洗濯物が山積みになっていたので何気なく畳んでおいたのですが、それを見るなり

「わーびっくり、洗濯物の山がこんなにすっかり綺麗に畳んである!ほんと助かるわ~きっと〇〇ちゃん(私の名前)がやってくれたんだな、嬉しいなぁ、大変だったよなぁ」

…とブツブツ言いながらその洗濯物をタンスにしまっていました。

一方で私に直接言う時は「洗濯物ありがとうな」と至ってシンプルでしたが、独り言が大袈裟なので感謝の気持ちは伝わってきました。

継子に味見をさせ、大切な家族の一員であることを示そうとした継母

スプーンをペロッと舐める女の子と、微笑んで見つめる女性

また、継母はよく私を台所に呼び、夕飯のおかずの味見をさせてくれました。

小学生の私に味見をして的確な調整ができないのは継母も分かっていたと思いますが、今考えるとそれもコミュニケーションの一つだったのかなと思います。揚げたてのから揚げを味見と称して台所で立ったまま食べるのは格別でした。

その後中学・高校と反抗期もあり継母には迷惑や心配をかけたこともありましたが、概ね継母とは良好な関係だと思います。

てぃーこ

日常のささいなことに救われたりするものだよね

セメントベビーが生まれても、継子に居場所があることを示すことが大切

実母がいなくなってしまったことで、自分は必要のない人間なのでは…と感じることは、離婚後の子供にはよく見られる傾向ですね。

孤独感で押しつぶされそうになっても、子供はその気持ちをどこに吐き出していいかわからないことも多いでしょう。

セメントベビーが生まれたあとでは、余計に孤独感を感じてしまうことも多いでしょうから、継子に対しては「あなたはここにいていい、大切な家族だよ」ときちんと何度でも伝えることで、安心感を感じられるようにしたいですね。

  • 継子が手伝ってくれたら大袈裟なほどに喜び感謝を表現する
  • 味見をさせるなど、継子は大切な家族の一員であるということを示す
えむ

自分が継子の立場だったら、と考えて行動することが大切だね♡

参考書籍

ココ、きみのせいじゃない

ドイツ事例で取り上げた「離婚児」のための絵本の1冊です。

私えむも読んでみて、子供なりにも「うちは“普通の”家族じゃない」と不安に感じている時、「パパとママが離れていたって大丈夫、こういう家族の形は自分一人だけじゃない」そう前向きな気持ちになれるような絵本だと思いました。

子供と一緒に読むのはもちろんですが、すべてのページに親(元夫婦)に向けての具体的なアドバイスもあって、子供の揺れ動く気持ちをどう理解して、大人はどう対応すればよいのかも、とてもよくわかりました。

長い年月の間に、その時々で子供とどう接すればいいか大人も迷うことがあると思うので、指南書的にこういった絵本が1冊でもあると助けになりそうです!

ぜひ、あなたの実話も教えてください
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